ホイアン2日目 朱印船、昼からビール、水牛 

1月3日、ホイアン2日目。

早朝からホイアンの町を練り歩く。
町自体はそれなりの大きさだが、世界遺産の対象になっている古い町並みのエリアは小さい。
しかしそのエリアはバイクが進入禁止になっているため歩きやすい。

ベトナム世界遺産ホイアンの朱印船

ホイアンの朱印船

この写真の船は、朱印船を模した巨大オブジェである。
市街地から日本橋(来遠橋)を通って旧日本人街を抜けた先、鳥居の近くにある。

旧日本人街には、たしかに江戸時代の建築様式を感じさせる建物も一部に残ってはいる。
来遠橋の左側が日本人街、右側が中国人街(現在の福建省の出身者)だったらしい。
それらもこの街の建築物のごく一部だけで、大半はフランス植民地時代に新築、もしくは改築されたであろうコロニアル様式が中心だ。

来る前はホイアンにしばらく滞在しようかとも思っていたが、ここは一人旅をしている男が長く滞在する街ではないなと思った。
夜景が好きな女子旅ご一行様、歴史好きの西洋人には良い街だろう。

そのためかダナンと比べると、旅行者に占める韓国人の割合が格段に低く、代わりに中国人の比率が高い。
街を歩いていると日本語もちらほら聞こえるが、やはり西洋人の中ではフランス人の割合が高い。

ホテルをチェックアウトして、来たときと同じく路線バスでダナンへ戻るためにバスターミナルへ向かう。
途中で10,000VND紙幣を持っていないことに気づく。

路線バスのボッタクリ車掌に100,000VND紙幣を渡したら絶対にお釣りが返ってこないであろうことを予想し、両替を兼ねて午前中からビールを飲める場所はないかと探す。

こういうときもグーグルマップは大活躍だ。

上記の地図の”Hoi An sports bar”に開店時刻(11時)と同時に入ったが、客は誰もいない。
カウンターに座ってビールを飲んでいると、オーナーらしき西洋人のオッサンが”Morning”と声をかけてくる。
ビールをジョッキで2杯飲んでいい気分になり、バスターミナルへ向かって歩く。

道端で水牛が座り込んでいる。
荷物を置いて水牛に接近する旅行者。

ベトナム世界遺産ホイアンの水牛

道端に座り込むホイアンの水牛と接近する旅行者

しぐさからしてベトナム人の旅行者と思われる。
ベトナム人であっても農民でなければ大型の野生動物と接する機会はないのだ。

ベトナム世界遺産ホイアンの水牛

近くから見たホイアンの水牛

バスターミナルから路線バスの1番に乗ってダナンに戻ったが、運賃はボッタクリ外国人プライスの30,000VND。
今回も一番後ろの席だったが、前の席に日本人カップル(アラフォー)が座った。
男の方はネット上の有名人イケダハヤトに似ている。

途中、バス停以外のところにバスが停まり、ボッタクリ車掌が降りて、道路沿い目の前にある食堂に入っていき、持ち帰りフードを購入して戻ってきた。
運転手の分と2人分で、あらかじめ予約注文して作らせていたようだ。

外国人から50円ずつボッタクった金でちょっと豪華な昼飯を買い、バス路線沿いの食堂で日銭を稼ぐ貧民の懐が少し潤う構図。
だから少々のボッタクリにそんなに目くじらを立てる気にはなれないのだ。

ダナンに戻ってアゴダで予約しておいたホテル(バックナムホテル)にチェックイン。
行き止まりの路地の最奥に作られた新しいホテルで、設備は新品でいいのだが、冷蔵庫がない。
毎日のようにアゴダで翌日の宿探しをしているため、不注意で見落としていた。

ベトナム ダナン バックナムホテルの室内

バックナムホテルの室内

新しいのでグーグルマップにも載っていない。
とりあえず室内での晩酌は諦めることになった。
冷蔵庫があったら連泊しても良かったが、今晩もアゴダで宿探しだ。

晩御飯は「Vamos」という日本人が共同経営者になっている洋食屋にした。


料理の味も良かったが、この店には日本語が話せる、若い頃の常盤貴子に似ている可愛い店員がいた。
少し話をしたが、リアクションが素直で初々しく、実に可愛い。

若い女の子の髪型や化粧、服装は日本人とそんなに変わらないが、しぐさに素朴さがにじみ出るのは、可処分所得が低く刺激の少ない生活をしていることの表れだ。
貧しかった時代の日本人女性が今風のファッションで再登場したような感じだ。

あと20年もすれば、よくも悪くもすっかりスれて成熟して現代日本人のようになるだろう。

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